迷宮百貨店にて サンプル - コミティア部活動|ヒロイン☆ふぇすた

youkaibu
ヒロイン☆ふぇすた3バナー
COMITIA
コミティア部活動公式ウェブサイト
スマホメニューオープン
ページトップへ戻る

HEROINS 参加ヒロイン&対象作品紹介

(むしむしプラネット「迷宮百貨店にて」より)

アマガイ ミオ
アマガイ ミオ
アマガイ ミオ

お試し読み

 その店は迷宮百貨店と呼ばれている。
 看板に意味不明な絵しか書かれていないため正式名称は誰も知らない。代わりに付けられた通称が迷宮百貨店、縮めると迷店。
 事情を知らない者に迷宮百貨店と言う名前を告げると、内部がちょっと入り組んでいてわかりづらい店なのだろうと思われる。が、実際はそれどころの話ではない。店舗内が本当に迷宮になっているのだ。
 訪れた者は皆その複雑な造りに惑わされる。ゆったりとした歩みを続ける少女もまた、そんな迷宮を彷徨う迷い子の一人だった。
「ふぁー……」
 大きな欠伸を一つ。人目の無い中であげた呑気な声は、通路を挟んで威圧感を放つ棚に押しつぶされて消えた。
 大型店舗にしては低い、大人一人半ほどの天井まで一杯の棚が隙間無く並べられている。棚で仕切られた道は分かれて合流してを繰り返しながら複雑に繋がり、全貌の見えない巨大な迷路を形成していた。少し埃くさい、空気の乾いた迷路だ。
 備え付けの灯りは無く、店内は暗闇に包まれている。しかし入店と同時に一人一人に照明が配備されるため、棚に並んだ物を品定めすることは容易だ。何の気無しに手に取った菓子入りと思しき缶は、印刷された細やかな絵柄を照明のもとに曝け出していた。
 名も知らぬ花の絵を照らし出しているのは、少女の手のひらほどの大きさがある光る羽虫だ。細長い四対の翅、長い胴、ぴんと伸びた触角、その全てが白く光り輝いていて、炎よりも明るく冷たい光を生み出している。少女の後を追いながら頭上をゆっくりと飛び回っているそれは、一般的な虫と比べて羽ばたく動きが非常に遅く、運動に頼らない力で宙を飛んでいるものと窺い知れた。この従順さを見るに、店の備品として作り出された魔法生物あたりなのだろう……と少女は考える。眩しさのおかげで細部が見えないのがまたありがたいことだった。いかにも虫らしいグロテスクな姿をしていたとしたら、きっと視界に入るたびに身構えてしまう。
「ねえ、見た人がびっくりするけど実用性があるもの知らない? できれば六〇〇ソルト以内で」
 何となく話しかけてみるが当然返事は無く、光る羽虫はただ静かに客と商品陳列棚を照らすだけ。棚の奥で板材の木目がにいっとあざ笑ったような気がした。何とも言えない不気味さを感じ、少女は缶を元の位置に戻した。
「なんかパンチが足りないんだよね……」
 独りごちながらまた歩き始めた。石造りの床を踏むたびに、こつん、こつん、と小気味の良い音が鳴る。どこか心地良いが決して人の注意を引く訳ではないその音は、それを奏でる少女の存在感と似ていた。
 まだ歳若い小柄な少女だ。やや整った顔立ちに、垂れ目がちの少し眠そうな眼。背まで伸びた黒髪をうなじの左右で束ね、フルリムのシンプルな眼鏡をかけている。身に纏っているブレザー型の学生服と相まって大人しい、有り体に言えば地味な姿をしていた。
 しかし意図して観察したとしたら、その容姿が怠慢から生み出されたものではないことがわかるだろう。手入れの行き届いた髪と肌は艶やかで、若さだけでは成しがたい瑞々しさを持っている。無色のリップバームを塗った唇も同様だ。彼女は自らの姿を整える術を知っていながら、あえて着飾らないことを選んでいた。ほのかに纏った花の香りが唯一の飾り気であるとも言える。今日も鞄に潜ませている練り香水はこの店で買ったものだった。
 ここには幾度か訪れて運任せの買い物を楽しんでいたが、地下四階にまで到達したのは初めてのことだった。
 この迷宮は広く難解な上に毎日造りが変わる。商品の配置も日替わりであり、売り場を案内してくれる係員も看板も無い。特定の品を求めてきた者をどこまでも突き放す仕組みになっていた。
 しかしその代わりとでも言うかのように、一般的な大型商店の限界を超えた品数を誇っており、日用品から家具に馬車、魔術書に木材に異界の携帯食料……と、取り扱っていない品は無いのではないかと思うほど多岐に渡っていた。勇者を選定するための剣を買ってしまい、異界へ邪神退治の旅に出なくてはならなくなった者がいると言う噂まである。
 そんな性質を持つゆえに、怖いもの見たさもしくは宝探し感覚で訪れる客が殆どだった。少女のクラスメイトの男子たちはこぞってこの迷宮に挑み、各々の到達階層を競い合っている。その手の挑戦は元気の有り余った者たちに任せておけば良い、と思っていた少女が自ら四階にまで到達してしまったのは、本人にとっても意外なことだった。たまたま運良く階段と巡り会えた結果だ。
 少女が学生鞄と逆の手に持った買い物籠には、これまでの道程で選んできた品が押し込まれていた。高原の澄んだ空気が詰まっているらしい缶詰と、髪につけると即座に花を咲かせる髪飾り花の種が、乾燥させた草を編んだ籠に抱かれている。買うかどうかはまだ定かではないが、この迷宮内で目当ての棚を再び探し出すのは至難の業であるため、念のためにと二つとも持ってきたのだ。
 少女は来週末の中間考査の後、友人らと共にある催しを行うことを決めていた。ここ迷宮百貨店で規定の金額内の品を買い、その中で最も奇抜なものを選ぶと言う遊びだ。期日を考査が終わってすぐにしてしまったのは、品探しが勉強の息抜きをするための理由にうってつけであったため。皆考えることは一緒だと思うと微笑ましい気持ちになれる。
 選んだ品は梱包したまま交換し、自分以外の誰かの手に渡る。男子に贈られる可能性もあるため、性別を超えた実用性があるものを探していた。
 キープしているものはあったが、いまいち納得がいかない。もう少しだけ探索してみようと考え、少女は更に奥へと進んだ。
 道には羽虫以外の灯りが無いうえに、通路がとにかく入り組んでいるため先を見通せない。人でごった返していた一階と違い、地下四階はあまり人通りも無く静かだ。それでも時々人とすれ違うところを見ると、地下四階への到達はそれほど難しいものではないらしい。
 迷宮は地下二十階まで続いていると噂に聞いたことがある。この暗闇をひた進んだ先には何があるのだろうか。浅い階層とは比べ者にならないくらいに珍しいものが並んでいるのか、はたまた……。
 と想像力を膨らませているうちに自らの足取りを見失い、硬いものにぶつかった。
「ふぎゃっ!」
 鈍い音と間抜けな声が響く。商品が落ちてくることを警戒し咄嗟に手で棚を押さえる……が、触れたのは硬い手触りのみ。それは棚ではなく煉瓦造りの壁だった。知らずのうちに建物の内周にたどり着いていたらしい。そっと手を触れてみた煉瓦は、近寄る者を拒むように冷たくざらついていた。
 何気なく煉瓦をなぞりながら歩くと、その先に何か四角いものが貼り付けられているのを見つけた。どのような仕組みなのかはわからないが、煉瓦造りの壁にぴったりと付いて離れない小箱だ。木製で蓋が無く、数枚の紙切れと鉛筆が挿されている。少女はその紙を手に取り紙面に目を通した。少女の手のひらより一回り大きい程度の紙に、見出しの一文と四角い枠だけが描かれている。
「お客様の声をお聞かせください……?」
 小さく読み上げてからその意図するところを理解した。そして同時に、この『お客様の声カード』に纏わる話を思い出したのだった。
 曰く、大事に持っていれば探し物が見つかる。曰く、好きな人の名前を書いて持ち歩けば恋が叶う。曰く、幸運を呼ぶが他人に見つかると災いを呼ぶ。根も葉もないであろう噂は日々少しずつ形を変え、彼女が通う学園をぐるぐると巡っている。迷宮百貨店が持つ魅惑的な不透明さを栄養として枝を伸ばしているようだった。
 しかしご利益があるかどうかはとにかくとして、この紙が珍しいものであることは確かである。実際少女がこの小箱に遭遇したのは初めてのことであるし、クラスメイトが紙を手にしたと聞いたことも一度しかない。彼の恋や探し物が成就したかは不明だ。
 少女は噂の数々を思い出しながら小さく笑った。カードを使ったおまじないに関しては半信半疑だったが、こんな珍しいものを見つけられた自分はついているに違いないと信じて。肩にかけていた鞄を開き、今日の荷物の中で一番厚い参考書を取り出すと、その見返しに紙を挟みこむ。これで折らずに家まで持ち帰ることができるだろう。
 記入して提出するような要望も無いし、友達に配って驚かれよう等と言う欲も無い。この手のものは密やかに存在するがゆえに意味を持つのだと少女は思っていた。
(一枚だけ……ごめんなさい、ちゃんとお買い物して行きますから)
 小箱に向かって軽く礼をしその場を離れた。
 壁に背を向けて歩けば、そこにはまたいつもと同じ迷宮が広がっている。いつの間にか資材のコーナーに迷い込んでしまったようで、辺りには様々な形に加工された木材や謎の金属片が陳列されていた。少女には用の無い場所だ。
 早く通り過ぎて他の品を見よう、と歩を進めると今度は開けた場所に出た。棚の置かれていない、小さな家一軒ぶんはありそうな広間だ。棚には収まらないであろう大きさの資材が乱雑に置かれている。迷宮ではしばしばこのような広場に辿り着く機会があった。大きな品を纏めて並べているのだ。
 雑多な資材の中に一つだけ少女の目を引くものがあった。広間の真ん中に堂々と鎮座した、彼女より背の高い塊。分厚い板状の表面を覗き込むと、その先の景色がしっかりと透けて見える。それはひそやかに冷気を放ち続ける氷の板だった。暑くはないが寒くもない迷宮内にありながら、溶けること無く几帳面な形を維持している。結露すら纏っていない。何らかの力が働いている品であることは明確だった。
「きれい……」
 そっと手を伸ばし、指先が触れる寸前で思い留まった。触れた途端に溶けてしまったらどうしようと言う不安が生じたのだ。念のためにと板を様々な方向から観察すると、地面に近い部分に価格の表示を見つけた。商品には値段が書かれたタグまたはラベルが付けられていることが多いが、それらを上手く付けられない品の場合は、商品に直接価格が印字されている。迷宮を出ると消えてしまう、インクであるのかどうかすらわからない何かを用いて。
 氷の板に記されていた数字は、見慣れたものよりも明らかに桁が多く、しがない学生にはどうひっくり返っても払えない額を示していた。
「危なっ!」
 半ば無意識で呟き、板から距離を置いた。不注意を後悔した瞬間特有の寒気を感じて思わず身体を縮こまらせる。この店は安価な雑貨から家より高い品まで幅広く取り揃えているのが特徴であり、時々ぞっとさせられる要因でもあった。せめて高額なものだけはそれとわかるよう目印をつけてくれないかとは思うものの、この雑多さと不便さを取り払うと迷店らしさが薄れてしまうようにも思える。複雑な心境だった。
 他にも高級なものが転がっていないか不安になり辺りを見回すと、先ほどは大きな板に気を取られていて見えていなかったものがあることに気がつく。もっと小さなサイズの氷が、木材や石材と一緒にごちゃごちゃと積まれていた。そのうちの一つ、デフォルメした花の形をしたものを手に取る。少女の手のひらと同じぐらいの大きさのものには、手頃な価格が印字されていた。これならうっかり溶かしてしまったとしても弁償できる。そう考えると、一度は凍り付いてしまった好奇心が再び弾みだした。
 そっと氷を指先でつつくと、自分が知っている氷と同じ程度の冷たさであることがわかる。手に乗せても手が凍り付くようなことは無かった。溶けださないこと以外はごく普通の氷に近いようだった。
 もう片方の手で握っていた買い物籠の中身と見比べる。パズルのピースが綺麗にはまった瞬間を思わせる、目が覚めるような心地よさが頭の中で弾けた。
(これにしよう)
 催しに持ち込むプレゼントが決まった。迷宮内は常に一定の温度を保ち続けているが、一歩外に出ればじんわりとした暑さを感じる季節だ。飾って楽しむだけではなく直に触れて涼を取ることができる品なら、これからの季節にうってつけだろう。自分が選んだ品で涼む友の姿を想像し、思わず顔を綻ばせた。
 少女は迷わず氷の板を籠に入れ、誰もいない空間に向かって声高らかに告げた。
「お会計お願いします!」
 決して豊かとは言えない胸を張って歩き出す。その途端に周囲の景色が揺らぎ、数歩を歩く間に全く別のものへと変化した。正しくは少女が空間を跨いで離れた場所へと転移したのだ。彼女の能力によるものではなく、この迷宮が備えている機能を利用してのものだった。店から出る旨、もしくは会計を行う旨の意志を示しながら歩くことにより、迷宮内のどこにいても一階の出入り口付近へ戻ることができるようになっている。
 賑わう人々が連れた羽虫の光が眩しい。出入り口付近の開けた空間は、大きな楕円形のテーブルがまばらに設置され、高い天井から無数の蔦がぶら下がった奇妙な場所だ。深緑の葉を付けた蔦は普段はだらりと垂れたままになっているが、商品を持った客が近づくと自ら動き出し、くるんと丸まった先端を伸ばしてくる。
 少女はテーブルに先ほどの氷を置き、他の商品が入ったままの買い物籠を不思議な植物へと差し出した。蔦は持ち手に身を絡めてそれを受け取り、より短い蔦へとリレーしてゆく。購入を取りやめる商品はここで返却する決まりになっていた。返した品がどこに運ばれてゆくのか、どうやって元の棚へと戻されるのか、少女は知らない。おそらくは他の客たちも皆。
 籠を仲間へと渡し終えた蔦は、今度はテーブルに置かれた溶けない氷をぺたぺたと触り始めた。表面をなぞり、価格が印字された場所に触れると、納得したように身を引く。程なくして蔦がどこからかリレーしてきた請求書が差し出された。買い物の合計金額のみが殴り書きされた粗末な紙だ。少女はぐしゃぐしゃに丸められているそれを開き、氷に表示されていた額と相違無いことを確認した上で、鞄から財布を取り出し代金を手渡した。渡した硬貨もまた籠と同様にどこかに運ばれ、釣り銭になって手元に戻ってくる。これで会計手続きは完了だ。
「ありがとうございましたーっ」
 蔦に向かって頭を下げる。それらに意志があるとは思えなかったが、それでも店への敬意を払いたくていつも礼を言っていた。いつ来ても従業員らしき者の姿が全く見えないため、気持ちのぶつけ所が無くて困っていた。
 少女は氷をハンカチで包んで鞄にしまい出口へと向かった。大きな扉は開け放たれたままになっていて、近づくと他の光から逃げるように羽虫が離れていった。彼らは出入り口付近で待機し、すぐに次の客を照らす仕事に移る。本当に働き者だ。
(私もこんなことしてないで頑張らないと)
 店を出ればそこはいつもの現実だ。ずり落ちてきた鞄を肩に掛け直し、ほんの少しだけ重くなった足取りで家路についた。
 息抜きはこのくらいにしておいて、自らがやるべきことと向き合わなければならない。中間考査はもう九日後に迫っているのだから。

本編へつづく

ツイート
ヒロイン紹介ページに戻る