スウィートスタイルエボリューション サンプル - コミティア部活動|ヒロイン☆ふぇすた

youkaibu
ヒロイン☆ふぇすた3バナー
COMITIA
コミティア部活動公式ウェブサイト
スマホメニューオープン
ページトップへ戻る

HEROINS 参加ヒロイン&対象作品紹介

(藍色のモノローグ「スウィートスタイルエボリューション」より)

サーヤダッド
サーヤダッド
サーヤダッド

お試し読み

 こういったお店の前で立ち尽くすのは何度目のことだろう。店に限らず当惑した大人に阻まれるの含めれば、日常茶飯事だった。困り顔のウェイトレスを見上げて私も眉尻を下げる。
「どうしても駄目なの?」
「申し訳ありませんが……」
 可愛らしく小首を傾げてみても、背の高いウェイトレスはさらに躊躇するだけ。先ほどからこの繰り返しだった。よくあることとはいえ、その度にやっぱり少しは落胆する。往来を行く人々の足音が、そこはかとなく無愛想に響いた。
 店の前の看板には美味しそうなケーキの名前がずらりと並んでいる。そしてこの店構え。白い壁は綺麗なままだし、入り口を花で飾る余裕もある。それだけで、この店が高級な部類に入ることは間違いなかった。だから選んだのに。
「お金ならあるから」
 私は革袋を目一杯高く掲げてみせる。軽く揺らせばじゃらりと金貨の鳴る音。どの星でもこの手の硬貨なら通用することはわかってる。それでも若いウェイトレスは首を横に振るばかりだ。店長を連れてきてくれるような素振りもない。
 ――原因は私の容姿にある。レースとフリルをふんだんに使ったドレスを着た、十歳にも満たないだろう女の子。それだけでも目立つのに、一番問題なのが一人という点だ。傍に大人がいればどこかの商家のお嬢さんにも見えるかもしれないけど、私はいつも一人きり。だから大抵の人間は入店させるのを渋る。
「ねえお願い」
「申し訳ありませんが」
 私だってあのきらきらとしたケーキが食べたい。甘い香りのするお茶を飲んで、静かなお店でくつろぎたい。優雅な時間を過ごしたい。でもそんなささやかな願いが叶うことさえ滅多になかった。今日のウェイトレスも説得は難しそうだ。
 ため息を吐いてうなだれると、不意に視界に影が落ちた。その原因が背後から近づいてきた人のせいというのは、振り返らずとも気でわかる。私の真後ろで立ち止まった人がいる。
「僕と一緒ならいいですか?」
 私はゆっくり振り向いた。そこにいたのはひょろっとした体躯の青年だった。年は人間の言う二十歳前後くらいだろうか。純朴という単語を絵に描いたような笑顔で頭を傾けている。飾り気のない衣服に鞄という出で立ちからは、田舎者という印象を受ける。
「ええっと」
 しかし、いきなりこの声掛けはどうなんだろう。私の反応によっては即変質者扱いなのに。そう考えると、こちらの対応も悩ましい。ウェイトレスは私と青年が知り合いかどうか、はかりかねているみたいだ。
「どうですか?」
 本当なら私もこの青年を疑るべきところだけど、でも彼の気がそうさせない。何かを企んでいる者の気じゃあなかった。そんな薄暗い感情が一つも滲んでいない、清らかな気だ。
「え、いや、あの……」
「ねえ、店員さん。これでも駄目?」
 予想外な流れだけど乗ってみてもいいか。どうせ単なる相席だ。私がにっこり笑うと、店員は渋々といった様子で頷いた。断る理由が見つからなかったのだろう。
 私はひらりとスカートを翻して、青年の腕をとった。そしてウェイトレスが次の手を思いつかないうちに、無理やり店内に入り込む。
 思った通り、中も小綺麗にしてある。白を基調とした椅子とテーブルは高級店の証だ。安い店はどんな人間が転がり込んでくるかわからないから、汚れが目立たないよう暗い色でまとめていることが多い。これも人間の町を巡るようになって知ったことだ。
「どなたか知らないけれどありがとう」
 内装を見回しながら小声で礼を口にすると、まごまごしていた青年がぴくりと肩を震わせた。先ほどの度胸が嘘みたいな反応だけど、あえて知らない振りをしてあげる。
 別のウェイトレスの案内で、私たちは窓側の席を選んだ。景色がいいし、隅に集団でいるおば様たちから距離をとることができる。お昼を食べる時間としては遅すぎるせいか、店内は思ったよりもすいていた。私は長いスカートの裾をつまんで席に着く。自慢の赤毛が揺れて視界の端で踊った。
「ここ、入ってみたかったの」
 居心地の悪そうな青年にそう話しかけてみたが、すぐに返事はなかった。こういうお店に慣れていないんだろう。彼の身なりをじっくり観察すると、ますますその思いは強くなる。着古した緑の上着に茶色のズボン。肩から提げていた鞄もよれている。あまりお金があるようには見えなかった。
「そ、そうなんだ」
「うん」
 ――彼はどうして私に声を掛けたんだろう。それが最大の疑問だった。まさか幼女趣味の変態? 誘拐狙い? でもそんなことができそうな人には見えないし、何より彼の気にそういう色が見えない。
 感情は気に表れるのに、一般人はそれを隠すことができない。それどころか自分が気を放っていることにも気づいてない。もちろん偽ることなんて無理だ。だから目の前の相手が何を考えているのか探る際には、最も確かな手がかりとなる。彼の気には犯罪を企もうとしているような気配がまるでなかった。
「ねえ、名前を教えて? これじゃあ話しにくいわ」
 可愛らしく尋ねてみれば、青年は困ったように笑った。犯罪狙いじゃないとしたら一体何が目的だったのだろう。想像できない。
 私を見た人間は、普通は関わるのを避けようとする。何かしら事件の臭いを感じるかららしい。せめて二十歳前後の年齢に見えたなら、商家のお嬢さんが町見物に出ているといった解釈ができたかもしれない。しかしさすがに十歳にも満たない子どもがそんなことをしているとは考えないだろう。だから誰もが訝しがる。
「名前? 僕はツガルト」
 メニューに手を伸ばした青年――ツガルトは、言葉少なに名乗った。私もすぐさま答えようとして、一瞬だけ躊躇う。サーヤダッドという名前がこの見た目に似つかわしくないのも知っているし、人間には馴染みが薄いことも理解している。だから名を告げる必要がある時は、こう答えることにしていた。
「私はサーヤ。助けてくれてありがとう、お兄さん」
「ツガルトでいいよ。僕の村ではみんなそう呼んでる。子どもも、大人も」
 ツガルトはそう言って榛色の瞳を細めた。いかにも人のよさそうな素朴な笑顔だ。ついついこちらの警戒も緩む。
「うん、わかった」
 そう答えて私はメニューを広げた。彼の意図がどうであれ、せっかく得られた機会だ。これを逃してはいけない。こんな店に、次はいつ入れるのか。
「どれにしようかなぁ」
 看板に出ていたケーキの名を求めて視線を動かしていると、不意にわざとらしいひそひそ話が聞こえてきた。あえて難しい単語を使っているのは、私に聞き取られまいというつもりなのか。人攫いか、事件か、等と勘ぐるような言葉がぽつぽつ耳に入ってくる。
 ちらと声の方を横目で見やれば、隅にいるおば様集団がその源だった。身なりが派手なところを見ると、商家の妻たちだろうか。表だって誘拐だと騒ぐことはしないのだから、案外小心者なのかもしれない。
 それでもこちらは気分がよくない。ただでさえ勝手な憶測に辟易していることが多いのだ。こういう時くらいは静かにお茶が飲みたいのに。
「どうかしたの? サーヤ。メニュー読めない?」
 自分が犯罪者扱いされていることにも、どうやら当人は気づいていないらしい。不思議そうな顔をしたツガルトの視線に気づき、私は笑みを浮かべた。おば様たちの声は彼の耳には届いていないのか。
 改めて彼の様子を観察する。どこにでもいそうな特徴の乏しい顔立ちは、大通りですれ違っただけならまず記憶に残らないだろう。栗色の髪も榛色の瞳も珍しくはない。
 一方、私の容姿は特徴的だ。波打つ豊かな赤い髪を今日は結ってないし。緑の瞳はそこまで珍しくないけれど、お気に入りの青百合色のドレスは華やかだ。リボンもふんだんに使ってる。ツガルトと並ぶと、どうしてもちぐはぐな印象になる。
「ううん、大丈夫。なんでもない。こういうお店はやっぱりいいなぁって思って」
 首を横に振って、私はもう一度メニューを見下ろした。あのおば様たちが早く店を出て行ってくれることを願って、今は注文に集中しよう。またとない機会をふいにしたくはない。可愛らしい服を身に着けて素敵なお店で甘い物を食べるのは、とても贅沢な時間だ。
「サーヤはこの町は初めて?」
 注文が決まったのか、メニューが閉じられる音がした。早い。私はまだケーキのページも見つけ出していないのに。
「うん。これからディンクーバに行こうと思ってるの」
 隣町の名を口にしながら、私はメニューを捲った。その間も、気でツガルトの観察を続けた。やっぱり特に怪しいところは見受けられない。私のことを凝視しているわけでもなさそうだ。本当にただの親切心だったのだろうか?
 信じがたいけど、その可能性は否定できなかった。なんといってもこの純粋な気だ。こんな気の持ち主にはなかなか巡り会えるものじゃあない。
「ここからディンクーバに? 一人で?」
「うん。私はいつも一人よ」
 こう告げると大抵の人は怪訝な顔をする。こんな子どもが一人で旅をしてるなんてまず考えない。子どもどころかツガルトよりも遙かに年上なんだけど、人間は見た目に騙されるものだし。
「君みたいな子が一人でなんて、危なくないの?」
「そう? でも私、技が使えるから大丈夫なの」
 そういう時、この事実を口にするとある程度の人は簡単に納得してくれる。
 一部の人間は『技』を使うことができる。空を飛んだり、水を生み出したり風を起こしたり。そういった力を行使することができる者を彼らは技使いと呼んでいるようだった。技が使えたら仕事にも困らないし、ちょっとした騒動ならそれで乗り切れてしまう。それでももちろん、子ども一人で旅するのは大変なんだろうけど。
「サーヤは技使いなんだ!」
「そう。だからお金もあるの。でもなかなか信じてもらえないのよね」
 ちらりと顔を上げて、私は片目を瞑った。私に技が使えると気づかない時点で、ツガルトが技使いではないことは明白だった。
 ――私は気を隠している。そんなことができるのは技が使える者だけだ。でも気を感じ取ることができない一般的な人間は、それにも気づけない。だからツガルトも気づいてない。
「サーヤはすごいね」
「そんなこともあるかもね」
 ようやくケーキの欄を捜し出した私は胸を張った。本気で素直に感心しているらしいツガルトをごまかすのは苦ではなさそうだ。これで人間の技使いが相手だと、少し面倒なことになる。……技使いがあえて私に話しかけてくることはないけど。
「でも、それでも一人では色々と大変でしょう? 僕もちょうどこれからディンクーバに向かうところだったんだ。よかったら一緒に行かない?」
 油断していたところに思わぬ申し出が舞い込んできた。私はメニューに注ごうとしていた視線を、ゆっくりツガルトの方へ向ける。どういうつもりだろう。一つ瞬きをして考える。これだけの情報を与えてなお私と行動を共にしようなんて、やっぱり幼女趣味の人間? それとも底抜けのお人好し?
「どう?」
 ツガルトの顔からも、気からも、特に嫌な感じは受けない。技が使えるという私を目の前にしていても、怯えた様子もない。もしかすると、彼は技使いを一度も見たことがないのかもしれない。
 逡巡したのは少しの間だった。私にとって悪い話ではない。彼のような大人と一緒の方が宿を取るのも店に入るのもすんなりいく。別の高級店にも挑戦できるかもしれなかった。
「うん。それじゃあディンクーバまで一緒に行きましょ」
 微笑んだ私はもう一度メニューに目を落とした。あった。ページの一番上に、気になっていた木の実のケーキ。この店の人気商品の一つらしい。林檎のお茶と一緒にいただくのがおすすめみたいだ。
「でもその前に注文ね」
 おば様集団が動き出す姿が目に入る。ようやく立ち去ってくれる気になったらしい。私は顔を綻ばせつつウェイトレスの姿を探した。久々に優雅なお茶が楽しめそうだった。

 ディンクーバはこの星でも有名な商業の町だ。どんな物でもディンクーバに行けば揃っている、というのがこの星を旅する商人たちの口癖になっている。だからディンクーバへと続く街道はきっちり整備されていた。通りかかる人も様々、人数も様々。
 それでも私のような子どもは滅多に見かけないらしく、始終視線を感じていた。ねっとりとしたものではないので、単純に不思議なのだろう。ツガルトはというと鈍いのかそれとも平気な振りをしているのか、ひたすら空模様ばかり気にしている。
 昨晩の雨の影響で道の脇の土はぬかるんでいるけど、街道そのものは乾いていた。水はけがよいのだろう。艶やかな紺色の靴が、歩く度に軽やかな音を立てる。
 お気に入りのドレスにお気に入りの靴を身に着け、わざとスカートを翻しながら風を切って歩く。自慢の赤毛が揺れて、視界の隅で跳ねる。この瞬間が好きだ。
 自分が生きていることを実感する。自分に体があることを実感する。自分が存在していることを実感する。誰に言ってもなかなか理解してもらえない、この感覚が心地よい。
「サーヤは楽しそうだね」
 ふと、ツガルトの不思議そうな声が聞こえた。大きな一歩を踏み出した私は、くるりと踊るように振り返る。青百合色のスカートが空気を含んで広がった。
「そう?」
「うん、そう見える。サーヤが楽しそうだと、何だか嬉しいなあ」
 そう言ってツガルトは子どもみたいに笑った。私よりもよっぽど純真で、朗らかな笑顔だった。他の青年が口にしたらまず間違いなく怪しむような言葉も、彼の気と笑顔のせいで納得してしまう。
 なんて透明で静かで純粋な気なんだろう。気の強さだけで考えるなら、彼は人間の中でもかなり弱い部類に入る。でもその清らかさには目を見張るものがあった。持って生まれたものを、そのまま濁らせずにいる証拠だ。
「それ、口説いてるみたいよ。私だからいいけど、気軽に言っちゃ駄目な言葉だと思うの。気をつけてね、お兄さん」
 くすくすと笑い声を漏らしながら、わざとらしく甘ったるい声で忠告してみた。するとツガルトはきょとりと目を丸くする。ほら、やっぱりわかってない。人間の女の人と話をしたことがないんだろうか?
「え、そうなの? どこが駄目なの?」
「口説きたいなら別にいいんだけど。そうじゃないなら勘違いや喧嘩の原因になるよ。お兄さん、もしかして女の人と話したことないの?」
 悪戯っぽく尋ねてツガルトの腕を突っつく。すると彼は慌てたように首を横に振った。若干頬が赤く染まっている。
「まさか! でも僕の村には……若い女の子はあんまりいないね」
 苦笑したツガルトは私から少し離れ、取り繕うように鞄の位置を直した。村ってことは、やっぱり田舎出身なのか。想像通りだ。
「そう、じゃあ気をつけた方がいいと思うの」
 私は前へ向き直って胸を張った。緩やかに曲がっていた道が真っ直ぐになったおかげで、前方を行く旅商人の一団も視界に入る。ずいぶんと大荷物のようだ。
「ツガルト、ちゃんと聞いてる?」
 わざと靴を慣らしながら軽やかに歩を進める。傍から見たらませた子どもの可愛らしい発言にでも聞こえるだろうか? この見た目が便利なのか不便なのか、よくわからなくなることが多い。でも私はこれくらいの年頃が好きだ。
 すれ違う旅人たちの視線が、一瞬私に向けられるのがわかる。「どこのお嬢さんだ?」って彼らの気が言ってる。それ以上の怪しむ感情はない。傍に大人がいるだけでこれだけ違うとは驚きだ。目指す先がディンクーバということもあり、金持ちの道楽の一種とでも思っているのかな。ディンクーバに対する期待も高まる。
 一方、ツガルトがディンクーバを目指す理由というのが想像できなかった。あそこは何でも揃っているけれど、全ての物価が高いという噂だ。ディンクーバでしか手に入らない何かを探してるんだろうか? その割に、切羽詰まった様子もない。
「サーヤはディンクーバで何をするの?」
 するとそれまで黙っていたツガルトが、ふと気づいたように口を開いた。ちょうど同じことを考えていたところだったので、私は肩越しに振り返る。
「決まってない。でも服を見たいなって思ってて」
 本当のことをいうと、ディンクーバにこだわっているわけではなかった。お金には困っていないし特別な目的があるわけでもないから、ただ気まぐれに町から町、国から国、星から星を巡っているだけだ。次は隣町、というただそれだけのことである。
「そうなんだ。何か理由があるのかと思ってた」
「どうして?」
「だってディンクーバまではそれなりに距離があるでしょう? 子どもの足だと丸一日以上かかると思うんだけど……」
 なるほど、だから一緒に行こうと誘ってきたのか。何かわけありだとでも考えたんだろうか? これで相手が怪しい風体のおじさんだったら下心を警戒するところだ。でもツガルトの気から予想するに……たぶん、本当に悪気なく、親切のつもりだったんだろう。
 でも彼は大切なことを忘れてる。私に技が使えるという事実だ。
「そうね。あなたがいなければ街道を飛んでいこうかと思ってたところよ。でもいいの。街道沿いにはちゃんと宿屋もあるわ」
 そう言ってやると、ツガルトは眼を大きく見開いた。それは考えてもみなかったと言わんばかりだ。彼は技使いではないから、こういう思考に縁がないのだろう。
「そっか、技が使えたら空も飛べるんだ。……それじゃあ、もしかして、僕は邪魔だった?」
 慌てたツガルトは両手をぱたぱたと振る。そう尋ねられた者がどう思うのかなんて考えていない発言だ。でも私は意地が悪いから「そんなことない」なんて優しい言葉は掛けない。
「今さら気づいたの? ま、いいけどね。大人がいた方がお店には入りやすいから。だからディンクーバに着いたらちょっと買い物に付き合って?」
 こう言えば、この純朴青年はきっと断れないだろう。ついでに荷物も持ってもらえば完璧だ。付き人を振り回している我が儘な商家のお嬢様にしか見えない。これなら店に入るのを阻まれることもない。私の小さな悩みも解消だ。
「えっ」
「駄目?」
 この間の悔しい記憶が蘇る。先日足を運んでみたのは、繊細なレースを贅沢に使ったドレスが売り物のお店だった。そのドレスが見たくてあの星に寄ったというのに、結局は追い返されてしまった。子ども一人の入店は認めないって。仕方がないので大人の姿になってから翌日もう一度訪問した。今度は断られなかった。「妹へのおみやげです」みたいな顔をして一着は買ったけれど、本当は色々と試着してみたかった……。
「わ、わかった。そんなことくらいでいいなら」
 動揺したツガルトはぶんぶん首を縦に振る。何だか小動物を連想する言動だ。たぶん彼が足を踏み入れたことのない、居心地の悪い場所になるだろうに。そんなことは微塵も想像していないに違いない。
 そもそも、私に声を掛けてきた時点で彼は変わっている。いや、馬鹿なのかな。私を見て奇異に思わない人間なんていないはずなのに。だから関わろうとしないのが普通なのに。
 だってそうしないと、彼らは自分の身を守れない。
 ――気にはなる。けれども声は掛けたくない。事件に巻き込まれたくない。それでも興味が湧く。でも関わったら危険だ。
 そう考えるのが自然だった。この世界には『魔物』がいるし、悪人もいる。自分のことしか考えていない人たちもいっぱいだ。油断すると命が取られる。だから誰もがいつも周りを警戒していた。
 ツガルトは例外なんだろうか。危ない目に遭ったこともないのだろうか。私にはわからない。彼のそういった思考は平和で羨ましいとも思うし、気づいた時には手遅れなのかもしれないと考えるとかわいそうにも思う。今まで出会ってきた人間とは、また違った生き物のようだ。
「約束よ?」
 おろおろしているツガルトに、私はにっこり微笑んであげた。別に彼を慰めたいわけではない。彼がどう感じようと私にとってはどうでもいいことだ。どう思われてもいい。全て、どうでもいい。私はただ、レシガ様が戻ってくるまで生きていればいい。
「大丈夫。おごらせたりなんかしないから」
 私は再び前を見る。先ほど見えた商人の一団とは、少し距離が開いていた。のんびり歩いていたせいだろう。彼らは宿には泊まらずにディンクーバを目指しているのかもしれない。あの大人数、荷物で街道沿いの宿を取るのは大変だ。
 ようやく魔物の暗躍が収束したところだ。今のうちに稼いでおこうと考えるのは自然なことだった。またいつどんな騒動が起きるかわからない。人が多くて賑やかなところには魔物も集まりやすい。
「――馬鹿よね」
 ぽつりと、ツガルトには聞こえないように呟く。無謀な試みの末に消えていった同族たちのことを思い出すと、どうしても苦笑が隠せない。彼らは浅はかだ。何があったとしても、生きていなければ意味がないのに。
 すると、後ろから深々とした嘆息が聞こえた。思わず私は顔を強ばらせた。まさか今の独り言が聞こえたわけじゃあないよね?
 振り返ろうか迷っていると、続いてしみじみとした彼の声が空気を揺らした。
「サーヤは旅慣れてるなぁ。僕なんかよりもよっぽど余裕がある」
 耳に届いたのは感服する言葉だった。先ほどの呟きが聞かれたわけではないらしい。胸を撫で下ろした私は、さりげなく頭のリボンの位置を正す。そして動揺を悟られないよう笑顔を繕ってから、ちらりとだけ振り返った。
「そう?」
「うん、すごいと思うよ。技使いだと子どもでもそうなの?」
 ツガルトの気には心底不思議そうな色が滲んでいた。彼は一度も技使いを見たことがないんだろうか。小さな村にずっと住んでいたのならそれは当然のことかもしれない。技使いがどのくらいいるのかは星によって差がある。この星はどうやら比較的少ないようだ。
「ううん、みんながみんなそうじゃないわ。技使いにも強さの段階があるの。それにね、技を使うのだって疲れるから、子どもが一人で旅するのって珍しいんじゃないかなぁ」
 答えながら、指先を顎に添えて頭を傾ける。私の見聞きしている範囲の話だけど、間違ってはいないはずだ。子どもが一人で故郷を飛び出すなんて、よほどの事情がある場合くらいだ。飛び出したとしても、うまく生活していける者はほんの一握り。技が使えるだけでは駄目だった。人間が生きていくためにはたくさんのものが必要だ。『精神』があればいい私たちとは違う。
「技を使うと疲れるんだ?」
「そりゃあそうよ。技を使う時には精神っていうものを使うの。それが減ると疲れるし、頑張りすぎると倒れちゃうし。だから必要な時だけ使うの」
 波打つ髪を背へと流して、私は前方を見据える。それでもツガルトはわかったようなわからないような声を漏らしていた。技とは無縁だった彼には実感の湧かない話なんだろう。技が使えることが当たり前な私たちとは真逆の立場に近い。
 気が感じ取れない生活ってどんなものなんだろう。人間の中に紛れ込むようになってからずいぶん経つけれど、いまだに想像できない世界だ。
「じゃあ一人で旅してるサーヤは強いんだ」
 ツガルトの声が少し高くなった。私はあえて靴を大きく慣らす。ふわふわとした実感のこもらない言葉だったとしても、そう言われるとくすぐったい。
「もちろんよ!」
 それからひとしきり技について話をしたせいで、ツガルトがディンクーバを目指す理由を聞きそびれてしまった。私がそのことを思い出したのは、立派な宿屋が目前に迫った時だった。

本編へつづく

ツイート