オタクなカノジョのレンアイ事情① サンプル - コミティア部活動|ヒロイン☆ふぇすた

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HEROINS 参加ヒロイン&対象作品紹介

(S.Y.S.文学分室「オタクなカノジョのレンアイ事情①」より)

有明智子
有明智子
有明智子

お試し読み

【有明智子の創作について】

昔から、一人が好きだった。

別に、誰かと一緒にいるのが苦痛だとか、集団の中に居るのが耐えられないとか、そういうことではなく。
他人に話しかけるのも、話しかけられるのも平気。
自分の常識を大きく外れるほどの人でなければ、大抵の人とどんな話題でも会話を楽しむことが出来る。
それは、自分の中にいる沢山の人たちと会話することと同じだったから。

断っておくと、私は多重人格というわけではない。
しかし、幼い頃から増え続ける、私の中の彼や彼女達、時には人間以外の何かは、時と場所も選ばず会話を始める。
授業中、友達と遊んでいる時、テレビを見ている時や読書中、寝る前なんかは当たり前。
高校受験で答案用紙を前に一生懸命問題に向き合っている時でも、絶対に聞き漏らしてはいけない面接中の質問の最中でも。人との会話中にも頭の中で別の大勢の会話が続いているため、よく話が飛ぶ癖があり、目の前の人間に不快な思いをさせることもしばしば。
実際には誰とも交わされることのない無数の会話は、幼い頃の私には自分の中だけで抱えるには重たくなりすぎていて制御ができず、周囲の調和を乱したくない私は極力、人と話さない方法をとった。
他人との接触を減らすことで、一人の時間が増えたと同時に、本を読む時間が増えた。様々な本と出会うたびに、私の中の『みんな』は増えていったけれど、聞こえる会話の数が増えるわけではないので問題はなかった。
推理小説を好んで読んでいたこともあり、犯罪心理や人の心に関することに興味を持つようになった。
小学校の図書室で飽き足らなくなった私は、自然に市の図書館に赴き、心理学の本を読み漁るようになった。

いつしか私は、脳内での会話や出来事を吐き出す作業として、ノートにそれを記す作業をするようになるが、日記としての形態はとれなかった。
私にとっては自分の事ではないし、全く自分と違う人間のことを自分の事のように書くとなると、もし親にでも見られたとき妄想日記のようで恥ずかしかったからだ。

そこで、私は『物語』として、彼や彼女や何か達を記すことにした。

ソレが、私にとっての創作の始まりだった。
人生、なにがどう繋がるか解らない。

【Connected summer】

見たまえ、人がゴミのようだ。

そんな台詞が智子の頭をよぎる。
東京国際展示場前駅は、改札からとめどなく湧き出る、人、ひと、ヒト、の大混雑だ。
真夏の炎天下、路面が蜃気楼状態になっている中、大きな荷物を抱え、汗だくになりながら同じ方向を目指して歩く人たち。
数年前までは、自分もあの中にいたのだなぁと……今となっては感慨深く思う。

この混雑の主な原因は、有明ビックサイトで行なわれる『COMIC Pia』という同人誌即売会のためだろう。
『COMIC Pia』通称コミピアは、コミケに代表される二次創作と呼ばれるパロディ作品メインの即売会とは異なり、創作もしくはオリジナルとカテゴライズされる作品のみ、出品を許される即売会である。
最近は、そのガイドラインも線引きが難しくなっており、歴史上の人物(例えば戦国武将や維新志士)を自分の解釈で描いた作品や、ボーカロイドに代表される市販のDTMソフトで作ったオリジナル曲は創作に入るなど、色々と参加規約が複雑化していたり、現役の漫画家や元漫画家がプロとして出した作品も本人にとっては自分のオリジナル作品と見なされ、アマチュアのサークルと並んで商業作品の販売が許可されており、一般参加者側の論議の分かれるところとなっている。
規模が大きくなればなるほど、ルールは細かく設定されるのは仕方の無い話だとも思うし、それを良く思う者もいれば不満に思う者も出る。そういうものだ。
個人的には、買い手の自由に任せればいいとは思うが……。

駅前のマックの窓際の席で、人ごみを見ながらぼんやりとそんなことを考えていると、見慣れた人影が店内に入ってきた。
「文代、こっち」
目が会うと、軽く手を振りながら、文代が近づいてくる。
細身で黒髪ロングストレート、というのは同人業界では(世間より)珍しくは無いが、文代のソレは一線を画している。
不摂生を匂わす不健康な細身でもなく、二次的な何かに憧れての黒髪ロングでもなく、健康的で気品溢れる風貌は、大手百貨店勤務という彼女の職業に起因しているのかもしれない。
休日のファッションも、どことなくカッチリした印象だ。
上は襟元がパリッとしたノースリーブの縦ストライプのシャツ、下は紺のパンツに、白のサンダル。ターコイズブルーのバレッタで肩より少し眺めの長い髪を纏めている。
清潔感のある、彼女らしい服装だ。
「おはよう、智子。待った?」
職場でも大いに役立っているであろう、素晴らしい発音。
文代の艶のある黒髪は店内の照明を受け、俗に言う天使の環と呼ばれる光沢を放っている。その美しい黒髪を揺らし、智子の目の前に彼女は座る。
「道が思ったより空いてて、私が早く着きすぎちゃっただけだよ」
智子は神奈川の端から車で来るので、渋滞を考慮して早めに家を出た。
そう、あの満員御礼電車に乗らなくなっただけで、智子は今でもサークル参加者である。
とはいえ……。
「私も五時半には家を出たんだけど、次はもう少し早く出ようかな……」
「いいよ、いいよ、そんな! 待ち合わせの八時には間に合ってるんだからさ!」
そう、そんな気を使われては、六時に家を出た私が困る、と智子は内心焦る。
東京都内に住む彼女だが、交通アクセスが悪く、同じ車という条件で集合しても、智子より時間がかかってしまうのだ。
お互いまだ車という手段を使っていなかった頃、東京駅に待ち合わせした時、京都の大学に通っていた智子が関西から新幹線で向かったのと、彼女が電車を乗り継ぎ都内から向かったのがほぼ同時刻(智子のほうが多少遅く出た)だったにも係わらず、智子のほうが早く着いたことに驚いたほどだ。
ちなみに、現在、智子が住む神奈川某所からは東京駅までJR直通の四〇分で着く。
地図上の距離と所要時間が比例しないという良い例だと思う。

「一美は、ちょっと遅れるかもって。さっきメールがあった」
朝マックを注文し、プレートとカフェオレを持って帰ってきた文代にそう告げる。
「電車は大変よねぇ。もうそんな元気ないわー」
「私だって無いよ。車で通勤するようになるとアカンわ。数年前の自分が信じられへん」
京都の大学四年間で、関西弁が染み付いて時折なまってしまう。
「ほんまやなぁ」
何故文代まで関西弁になるのかは不明だが。

「あ、そういえば、お疲れ様」
店員が運んできたエッグマフィンの包みを空けながら、文代が言う。
智子がピンときていないことを察すると「ペーパー」と言って、マフィンをひと口。
「ああ。いや、私がギリギリにやりすぎただけで、もっと前からやっとけって話だよね」
智子達は三人で一つのサークルをやっている。
スペース代は基本的に割り勘で、サークルカットや申し込みは持ち回り。
細々したものを作ったり、生活雑貨を集めたりするのが好きな智子が、ペーパーや展示用品担当。
仕事柄、金銭の扱いに慣れていて、きっちりした性格の文代が、売り上げやつり銭などの会計担当。
行動力があり、対人能力の高い一美が、WEBサイト管理などの広報担当。
三人とも、かつてはバラバラに活動していたが、仲良くなるうちに三人で活動するようになった。
金銭的な出費もだが、社会人にとっては休みが取れるか分からないイベントでも誰かが行ってくれるという利点もあるし、なにより精神的な面で救われることが多い。
三人で活動を始めて、この夏で丁度、一年になる。

「お待たせしました!」
二人で誤字のチェックに刷り上ったペーパーに目を通していると、よく通る声が聞こえてきた。
一瞬、文代のオーダーがまだ揃ってなかったのかと思ったが、その声には聞きおぼえがある。一美だ。
「おはようございます! お待たせしましてすみません!」
別段大きな声を出しているわけではないのだが、ラジオのMCのお姉さんのように明瞭で聞き取りやすい通る声をしているので、他の客がコチラをチラ見する。
まぁ、チラ見の理由はそれだけではないかも知れないが、昨今、しかもこの有明の地ではそんなに珍しくも無いだろうに。
白いフリルのワンピースに、王冠を模った髪飾り。いわゆる、ロリータ系ファッション。
だが、ガチなロリでもなく、化粧もナチュラルだし、一般の服装よりフリルが多く手の混んだデザイン、と言う感じなのだが、人目を惹いているのは外側だけでなく中身のほうだろう。
腰まである栗色の髪は地毛で、脱色やウィッグによる不自然な感じではなく、よく手入れされている感じのふんわりとした健康な髪質。
小柄で華奢、かつ、女子らしい凹凸も兼ね備えている、等身大リカちゃんのような体型。
まぁ、目立たない訳はないか。
「別に待ってないよ。それに、ほら。今、八時ジャスト」
腕時計をしていない智子は、文代の手首を指して言う。
「走ってきたの?」
文代が一美に声をかける。言われてみると、一美の額に薄っすら汗が滲んでいる。
「いえ、人ごみで走れなかったので、競歩で!」
そうハッキリ言って、普通の人間の朝にはありえない笑顔を見せる。
「「若いなぁ~」」
智子と文代は軽く噴き出す。
「とりえず、荷物置いて。何か頼んできたら?」
智子が提案すると「じゃあ、ちょっと行ってきますね」と言って一美は席をはずす。
彼女の礼儀正しさは、育ちのよさを感じさせる。

家が金持ちだとかそんな上辺の意味ではなく、彼女を育んできた環境が、という意味で。
智子は一美が置いていった可愛らしい模様が入った小型のトランクを自分の横に寄せる。
細身の文代と小柄な一美が横に座った方が効率的だからだ。

智子は昔から背が高く、小学生の段階で、もう一六〇センチ以上あった。
その後、中学で成長は止まったものの、結局、一六九センチまで伸びた。
殆ど日光に当たらない生活をしていた時期もあるというのに、何の因果か唯でさえ骨格的にゴツイ上に背がこれである。女としては全然嬉しくない成長だ。
そんなわけで、二人のような、女の子らしい華奢な時代というのが智子には全く無い。
球技をすれば盾や壁にされ、男子と一緒に遊びに出れば男友達と間違われる。
体格による悲しい経験の代表的な例を挙げるとすれば、こんなエピソードがある。

中学の時、小柄な友人がペットボトルを数本抱えているところを目撃した男子は「買い出し? 部室まで持ってあげようか?」と声をかけた。これはまぁ当然と言えよう。
しかし、同じ条件で智子がペットボトルを抱えていた時には「お前、これ全部飲むんか? すげぇな!」である。
そんな少女時代を過ごした所為で、未だに自分の立ち位置は男性視点で、三人で座る場合という何気ないことでも「女の子同士で座らせるべき」という感覚で考えてしまう。
自分では自然なことなのだが、たまに自覚の無い自虐として、一美に叱られる。

野菜生活の紙パックとナゲットをトレイに乗せた一美が戻ってくる。
「よかったら、つまみませんか?」
智子達のトレイがドリンクだけになっているのを気遣ってか、ナゲットを差し出す一美。
「でも、いいの?」
彼女がいつも三食きちんとした量の食事をとることを知っている身としては少々遠慮してしまう。
「あとで、ソーセージダブルマフィンとパンケーキが来ますから、遠慮なくどうぞ」
食べ盛りとはいえ、そのカロリーは何処へ消えているのか……。

三人サークルとして組んだのは一年前だが、文代とは五年、一美とは三年の付き合いになる。
ネットやイベントで知り合ったので、出身地も年齢も職業もバラバラ。
有明智子は、派遣でタウン誌のDTPオペレーターをしている、気ままな一人暮らしの二十三歳派遣社員。
吾妻文代は、大手百貨店のサービスカウンターを担当している、生活の基盤がシッカリした二十五歳会社員。
金田一美は、絶賛就活中だが、大学のサークルもこちらのサークルもバリバリ活動中の二十歳の女子大生。
三人で活動してはいるものの、お互いの共通点は合同サークルにしては逆に珍しいくらいに無い。
作品傾向が似ている訳でもなく、好みの作品やキャラクター像も違う、性格だって三人とも全然違う。

それでも、絶妙なバランスで繋がっていると思う。
ただ気があったから、ではなくて、必要だと感じたから、一緒にいるのだ。
趣味が合う人間、話が合う人間、自分と似た部分を持つ人間は探せば案外見つかる。
しかし、そういう場合、違う部分が目立ち始めると、おのずと放れていく、そういうものだし、特に女社会の場合それは顕著だ。
同じものを共有・共感したがり、異を唱えるものに女は厳しい。
自分の理解を超えるものに敏感で、なるべく関わらないようにしたり、自分の領域に染めようとするのが普通だ。
派手系女子と地味系女子の派閥がキッパリと別れ、お互いに馬鹿にしているのが、その分かりやすい例だろう。
三人に創作という共通点があるにしても、それは趣味が、映画鑑賞やテレビ鑑賞、読書というのと同じくらいアバウトなもので、それだけで分かり合えるものではない。
だからこそ、話せば話すほどに違いを感じ、それを自分に無い面白さと感動し、その違いが自分に必要だと感じられる人間に出会えるのは、とても貴重なことだと思う。

今回の参加で三人サークルとして一年経つ。
二年目、三年目と続けば嬉しいなと智子は思う。

「んじゃ、そろそろ行くかぁー」

真夏の炎天下の中、人ごみに溶け込み、三人は戦場へ向かう。

               ◇◆◇

『閉会後、剣のオブジェ前で待っています』

シュミレーションゲームだったら、告白フラグ。
しかし、智子には、相手の見当が付かない。
王子様の可能性はおろか、どこかの大金持ちの門番や同級生の夢オチの可能性だって全然ない。
話したことも無い誰かからの果たし状の可能性のほうが、まだ有り得るかもしれない。
行ってみれば解るのだろうか、このメッセージの意味が。

時間は、サークル入場時間まで遡る。

               ◇◆◇

「なに、アレ」

智子達のサークルスペースの上に見えるのは、チラシの山、と、紙袋。
「紙袋?」
視力の良い智子は遠巻きに見える自分のスペースを目ざとく発見し、その異変に気づく。

近づいてみても、やっぱり紙袋。
どうあがいても紙袋。
他のスペースには無い。
「誰か紙袋で荷物送ったの?」と文代が聞くが、智子にも一美にも覚えが無い。もちろん文代自身にも。
なにより、宅配で送ったにしては、テープ留めが甘い。服を買った時のように、セロハンテープで一箇所留めだ。
「差し入れ? ……とかですかね?」
「危険物じゃないとは思うけど……あれ?」
智子が紙袋の隙間から覗くと、見覚えのあるものが目に飛び込んできた。
「これ、私の同人誌だ……!」

開封して良いものか迷ったが、結局、中身を取りだしてみることにする。
智子にしてみれば、自分の本が自分のスペースに届けられ、そしてそれが身に覚えの無い時点で、このままではちょっとしたホラーで背筋の寒くなる話だ。
開場したばかりで、空調もあまり効いていない場内だが、そんな節電方法はいらない。

全部で十八冊、一人で活動していた頃のモノを合わせて、すべて智子の発行してきた本だった。
一番古いものは四年前のもので、智子が出した二冊目の本だった。
たまに、過去の自分の作品を恥ずかしがったり、酷い場合は黒歴史のように扱う人がいるが、智子には理解できない。
自分の作品を大切にしている訳ではなく、過去なのだから、普段意識しない時も自分から切り離せないところに存在しているのだし、それが目の前に意識する場所に現れたからと言ってなんだというのか。
逆に、普段忘れているということの方が怖いくらいだ。

智子は、これといって感慨深くも無く、自分の発行した漫画や小説を見ていく。
すると、驚いたことに、智子が活動を始めてから、初めて出した本と今日初売りする新刊以外、ひとつも欠けることなく、上から発行順にきちんと揃っていたのだ。
「すごい……よく集めたなぁ、これ」と、智子はつい感心してしまう。
「智子のファンの人……よね? じゃなきゃ、こんなに揃えられないよね、出るイベントも色々だし、一回しか売らなかった本も何冊かあるし」
極力、好意的に捉える文代に、一美が疑問を口にする。
「でも、ファンなら何故置いていったりしたんでしょう? こんなトコに置いておいて盗難にあうかもしれないのに」
「なにか、手紙とか挟まってたりしなかったの?」
文代の一言で、三人手で分けして全ての本を開いて確認してみた。が、何も出てはこなかった。
「何も言わずに置いてったってことは、いらなくなったってことなんじゃない?」
「もう! また、何でそう自虐に走るんですか!」
「そうよ。それにまだ何も置いていったと決まったわけでもないでしょう?」
智子は、自分の作品をいつまでも大事にしてもらえると思っていないので、そうであっても別に構わないのだが、二人がそう言ってくれることについては嬉しかったので、素直に「ありがとう」という言葉を返した。

サークルの準備を終え、智子と一美の新刊と文代の既刊が並ぶ机の上。
智子は自分の作品だけで構成された机の上というのが苦手で、よく委託などで机の上を賑やかしていた頃を懐かしく思い出す。
本を作り始めた頃のことを思い出したのも、紙袋のせいだろう。
一般入場開始まで、あと十分。

「一般入場がまだって事は、これを置いた人は、サークルさんかスタッフさんか、ってことですよね?」
一美がペーパーを取りやすいように捌きながら言う。
「うん、たぶん。宅配業者や印刷屋さんではないと思う。あ、文代、テープもう使わない?」
「ありがと。もういいわ。これ、つり銭ね。今回は一万円分。万札がきたら言って、財布にあるから」
スペースの上にある商品はどれもワンコイン以下なので、未だかつて万券が使われたことは無いのだが。
「発行物のリスト書きますね」
一美は手際よく発行物の持ち込み数を数え、タイトルの横に金額と数量を記入していく。
「とりあえず、例の紙袋は閉会まで置いておきましょう。じゃあ、私パンフ買いに行くついでにこれ捨ててくるね」文代は、仕分けたチラシの束の不要な方を持っていく。
二人のチームワークに、展示用具を片付けながら智子は三人サークルの有難さを改めて噛みしめる。

午前十時。一般入場開始。
「何かあったら、携帯鳴らしてくださいね!」
そう力強く念を押して、一美は買い物休憩に出かけた。

いつも買い物は三人交代で行くことになっていて、今日のトップバッターは一美だ。
開場直後は大手サークルから回られることが多く、中堅サークルや立ち上げて間もない若いサークルが賑わうのは午後以降なので、なるべく自分の本を買ってくれる人には自分でお礼を言いたいと考える智子たちは、新刊のある人間が客数の少ない時間帯に席を外すようにしている。
ただ、イベントには相性がある。新刊じゃなくても売れやすいイベントもあれば、買い物のお目当てがあまり無いイベントがあり、そういう時は順番を譲るようにしている。
「私、東京はあんまり見るとこないから、文代先行っていいよ」
「でも、この紙袋の持ち主が解るまで離れたくないなぁ……。なんだか気になるもの」
「文代がそんなに気にすることないと思うけど?」
「だって、智子は気にならないの? ほぼ全部揃ってるのよ? そんなの私くらいのものじゃない?」
言われてみれば、そうだ。
初めての本を出す前からネットで知り合っていた文代には、発行物は必ず一冊渡していたが、一美と仲良くなった頃には在庫切れで自分の手元にも無いものもあり、全ては渡せていない。
紙袋には二冊目以降のものしか揃っていないので全てではないが、初めての本はコピーで一度きりしか刷っていないため、全部持っている方が凄い。知り合いでもない限りありえないし、知り合いでも既刊全てを持っている人間は文代くらいなのだ。
「やっぱりファンじゃない限り、こんなに集められないと思うのよね。ほら、これなんか名古屋で完売したきりだし、これも神戸でジャンル配置あわせで出しただけでしょ? 通販とかもしてないし、色んなトコで売り切れ御免で売ってるのに、好きでも中々ここまで揃えられないと思うわ」
確かに、同人誌は書店で売られている本と違い、売られる時期や場所が厳密に決まっていないので、いつのまにか出ていて、いつのまにか無くなっている、という一期一会な部分が多々ある。
いつでも手に入る訳ではなく、完売すればそれで終わりというのも少なくないし、期間限定など一度きりの販売というのもよくある。サークルによっては、気分次第で在庫が残っていても販売をやめてしまうケースもある。
そんな中で、一人の作家の本を追い続けるのは確かに軽い気持ちでは出来ないかもしれない。
まして、有名な作家でもなければ、積極的に宣伝活動をしているサークルでもない智子の本だ。
「確かに……。でも、好きな作品だったのと、今も好きなのとは違うかもしれなくい?」
「それは、そうだけど……。でも、意図が解らない限り、どうとも取れるわけだし、良い方に考えておけば?」
まぁ、それはそうか、と智子は納得する。

               ◇

「梅と鮭と牛カルビとオニポー、どれがいいですか? 一人二個づつ選んでくださいね。ちなみに私のオススメはオニポーです」
買い物から帰ってきた一美がコンビニの袋からおにぎりを出しながら言う。
「あ、私、梅と鮭で」文代は迷わずスタンダードな二種を選択する。
「うーん、とりあえず梅と、オニポーってなに?」
オススメされても中身が何か解らないものは不安だが、食に関してはちょっと冒険したくなる智子は一美に尋ねる。
「沖縄のおにぎりで、玉子焼きとポーク肉が挟まってて、あ、ポークはランチョンミートのことで、結構美味しいですよ。沖縄、今マイブームなんです」
内容を聞いて、味が智子の想像力の範囲内だったので、オススメに従うことにする。
買い物の順番を代わったので、文代は先に買い物を済ませてくると言って、一美と店番を交代した。

「オニポーうまっ」
「でしょ?」
微かな油味噌の香りと、ポークの塩気が米によく合う。今度自分でも作ってみよう。
昼食を済ませ、智子が米の国・日本に生まれたことを心の中で感謝していると、一美が智子の方を見つめてくる。
「で、午前中はなにも無かったんですね?」
一瞬、何が? と思ったが、例の紙袋のことだと気づき、少し遅れて反応する。
「うん、何も変わったことは無かった。たぶん、このまま何もないんじゃないかな?」
剛健美茶をひと口くちにしてから、一美は首を横に振る。
「それは無いと思いますよ。これには何か意味があると思いませんか?」
「意味って?」
「例えば、この行為自体に何かメッセージを込めているとか。手紙とかが無くても、何か思い当たることとかありませんか?」
「それは、要は私の本に飽きたとか、そういうこともだよね?」
「そういう悪い方向だけじゃなくて、逆に、貴女の本をこんなに持ってるほどファンですよ的アピールとか」
「なにそれ面白い」
「笑うとこじゃないですよ! だって、智子さんの本てこうやって改めて見ても、シリーズ物以外ジャンルも全然バラバラだし、漫画もあれば小説もあるじゃないですか? 普通は自分の好きな系統の作品だけ買いますよね? これだけあるってことは、作家のファンであることは間違いなくて、何らかの意図に気づいてもらいたくての行動なんじゃないですか?」
「それ、気づけるかな、これで」
現に、智子たちは誰一人としてピンと来ていないのだ。
「……んんー……難しいですけど……かなりの常連さんであることは確かですよね。毎回買いに来てくれている人とか覚えてないですか?」
「もし、そんな人がいたなら、通算十八回は会ってるってことだよね? それも色んなイベントで。流石にすぐ解るんじゃないかな」
「地方イベントでは知り合いに頼んでいる可能性もあるかも知れないじゃないですか。私が売り子してるときにもたまに居ましたよ、二冊買っていく人とか」
二冊買っていく人……。
「まぁ、全部可能性の話だよね。イベントが終わるまでに取りに来るなりしてくれれば解るし、解らないままかもしれない。あまり考えたって仕方ないって」
智子はそういってこの話題を打ち切り、一美の新刊の話に切り替えたが、頭の中ではあるひとつの可能性について、脳内会議が始まっていた。

智子は出す本の形式や部数によって印刷会社を変えているし、見本誌コーナーへの提出もイベントごとに出したり出さなかったりなので、紙袋の主が印刷会社やイベントスタッフの可能性はやっぱり無いだろう。
参加者側の人間であると考えるのが普通だし、サークル参加者なら、ごく小数部しか作っていない本でも開場直後に買えるので完売による買い逃しは無いだろう。
それでも、色んなイベントで本を出しているので、追いかけるのはやはり難しい。
文代のように知り合いでもないのに、ほぼ全ての本を所持しているということは、かなりの常連のはずだが、文代にも一美にも覚えは無い。
しかし、智子の脳裏には、ひとりだけ条件に当てはまる人物が浮かんでいた。

本編へつづく

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